浜田省吾 おすすめアルバム 誰がために鐘は鳴る
誰がために鐘は鳴る
「誰がために鐘は鳴る」は、1990年6月21日発表の浜田省吾12枚目のアルバムです。
タイトルはヘミングウェイの同名小説から取られたもので、1980年代の「愛の世代の前に」「J.BOY」「FATHER’S SON」における大きく外へ向かうメッセージとは打って変わって、自分自身の内に深く沈み、そのルーツや感情を見つめる、そんな内省的な雰囲気の漂うアルバムとなっています。
少年から大人になった主人公がその過程で様々な哀しみと痛みを経験しながらも、それらを胸に抱えながら生きている、そんな内省的でセンチメンタルな歌詞とメッセージが静かに心に響く名曲が多く収録されているアルバムです。
夏をテーマとするアルバムでありながら、どちらかと言うと晩夏の雰囲気や物寂しさが通底している楽曲は、少年から大人になり、歳を経てふと聞くたびに多くのことを感じ考えるきっかけとなる名曲揃いとなっています。
収録曲
- 01MY OLD 50’S GUITAR
- 02BASEBALL KID’S ROCK
- 03少年の心
- 04青の時間
- 05サイドシートの影
- 06恋は賭け事
- 07夜は優し
- 08SAME OLD ROCK’N’ROLL
- 09太陽の下へ
- 10詩人の鐘
- 11夏の終り
MY OLD 50’S GUITAR
40歳の誕生日に自らの頭を撃ち抜く衝撃的な歌詞から始まる「MY OLD 50’S GUITAR」
疾走感のあるロックサウンドが印象的な一方、その歌詞からは、夢見た理想が叶わず多くの挫折や苦悩を経て疲れ果てた主人公の姿が浮かびます。
何気なく手に入ると信じていた当たり前の幸せや辿り着きたい場所が遠く幻であったことを知りながらも、自身のルーツであり生きがいであるギターを握り、ここから再び走り出そうとする、そんな生き様を感じられます。
少年が大人になり、挫折や失敗を経て理想と現実とのギャップに葛藤しながらも自分自身を鼓舞する様子からは、徒労感に苛まれながらも力強く前に進もうとする省吾さん自身の生き様を感じます
BASEBALL KID’S ROCK
「BASEBALL KID」と言うタイトルながら、野球が好きで仕方なかった少年が大人になり夢を叶え、ピークを過ぎて疲れ果てている、そんな歌詞となっています。
好きなことを夢中で追いかけ、正に夢の中を生きてきた主人公が、歳をとり生き方を模索しているストーリーが印象的。
周りの生き方や世間の評価を顧みず自分自身の想いに忠実に生きてきた主人公だからこそ、生き方に悔いはない一方で、それ以外の生き方を知らず、想い悩んでいる。
夢を叶えたその先でどう生きるか、抗いようの無い歳月を夢中で生きた先で、ふと自分の人生の生き方を考えさせられる歌詞とメッセージが魅力です。
少年の心
BASEBALL KID’S ROCKと同じく、少年から大人になった主人公をテーマとする楽曲。
前者が、少年の頃から好きな「野球」という夢であり目標を追い求めてきた大人を表現する一方、「少年の心」では、少年の頃に抱きながら繰り返す日常の中でいつの間にか忘れ去っていた夢や真っ直ぐな想いを思い出す内容となっています。
センチメンタルで内省的な歌詞が魅力であり、省吾さんの代名詞とも言えるバラードナンバーです。
歌詞の途中で回顧される学生時代の思い出からは、省吾さんの名曲である「ラストショー」を想起させるような点もあり、省吾さんの音楽人生との繋がりも感じられる点も魅力です。
青の時間
「青の時間」は、アイリッシュ風のアレンジと、省吾さんの独唱から始まる歌い出し、夕暮れのオレンジが静かに夜に染まっていく様子が鮮明にイメージできる歌詞に思わず惹き込まれる名曲です。
恋人とのすれ違いと別れの物語であり、哀しみと共に美しさを感じる、そんな歌詞と曲のアレンジ、そして省吾さんの歌声が魅力です。
恋愛のみならず人生における人の出会いと別れについて深く考えさせられる歌詞であり、省吾さんのラブソングに特徴的な、単なるハッピーエンドや別れた哀しみをテーマとする内容ではなく、もっと深くで登場人物の視点や周囲の情景を巧みに表現した詩的な内容となっています。
また、歌詞の中で1つのストーリーとして完結していながら、アルバムの他の楽曲やテーマと繋がるなど、解釈次第で多様な広がりを見せる点も省吾さんの楽曲の大きな魅力であり、この「青の時間」もそんな名曲の一つです。
また、2024年にファンクラブ会員を対象とし、「青の時間」をテーマとするライブコンサートツアーが開催されるなど、時を超えてファンに愛される名曲となっています。
サイドシートの影
孤独を抱えた主人公が、1人車を走らせるセンチメンタルな内容のバラード。
「少年の心」で、想いを寄せる相手と海まで車を走らせ、少年時代から変わらない思いや葛藤を抱えながらも、自分自身の中に変わらず存在する大切なものに気付く。
「青の時間」で、自分の気持ちとは裏腹に、様々な要因が重なって想いが届かず、愛する人との別れを経験する。
「サイドシートの影」では、そんな心に傷と葛藤を抱えた主人公が1人海に車を走らせるストーリー。
「少年の心」の時のように、愛する人が隣にいるわけでも、車を走らせた先で何かが見つかるわけでもない。
恋愛や人生経験を経て、傷つくことにも傷つけることにも疲れ、人との関係性に達観した諦めのようなものを持つ主人公の様子が感じられる。
不倫をテーマとする「陽のあたる場所」や、学生時代の恋愛と別れをテーマとする「ラストショー」など、省吾さんのこれまでのバラードの情景が浮かび、ストーリー的な繋がりを感じることができます。
センチメンタルなバラードでありながら、どこか優しさを感じる、省吾さんらしさの詰まった名曲となっています。
恋は賭け事
前曲までのセンチメンタルなバラードとは異なり、ピアノとドラムサウンド、コーラスが印象的でポップな楽曲。
タイトルの通り「恋愛」をテーマとしており、「リスクを負って手に入れようとしなければ手に入らない」というメッセージは、恋愛と人生に傷付き疲れている前曲「サイドシートの影」とは対照的な印象を受けます。
勝ちか負けか、0か100かしかなく、勝負すれば負ける痛みを味わうリスクがある一方で、勝負しなければ何も得ることはできない。
そんなギャンブルと恋愛の共通性を軸とする歌詞とメッセージが特徴です。
夜は優し
「夜は優し」は、恋人へ優しく語りかけるような歌詞とメロディが特徴的なバラード。
愛を囁いているようでありながら、どこか痛みや哀しみや寂しさと言ったセンチメンタルな雰囲気を感じる歌詞からは、好きという感情や、愛という言葉では語りきれない男女の関係性を感じ取ることができます。
アルバムテーマに通じる、大人になった主人公の恋愛と内省的な雰囲気を感じる一曲。
SAME OLD ROCK’N’ROLL
「SAME OLD ROCK’N’ROLL」は、ドラムとギターサウンドが心地いいロックナンバー。
孤独の中で現代社会を生きる全ての人に刺さる歌詞が魅力であり、人が本質的に孤独な存在であることを認め、「孤独な存在であるが故に、その行く末は自分自身にかかっている」というメッセージからは、ある種の残酷さと現代社会における真理を読み取ることができます。
日々生きる中で感じる閉塞感や憂鬱、そして徒労感は自分自身の物の見方と考え方によるものであり、自分にしか変えられない。
人生の責任が自分にあるからこそそこに自由や幸福があり、それらは与えられるものではなく掴み取るもので、その過程にある痛みや苦しみは前に進んでいる証でもある。
そんなメッセージが感じられ、厳しさの中に優しさを、そして内省的な葛藤の中に答えを見つける、そんな人生の姿を歌っているように感じられます。
太陽の下へ
「太陽の下へ」は、パートナーとの別れ、恋の終わりをテーマとするバラード。
長年連れ添った夫婦や恋人を想わせる歌詞には、かつての二人の関係性はどこにもなく、過去の思い出とは打って変わって離れてしまった心と、その関係性を断ち切れずにいる現状の姿を感じます。
悲しく優しいピアノサウンドが印象的であり、かつて省吾さんが自分が自分らしくあることができる場所とした「陽のあたる場所」を求め、冷めてしまった関係性を断ち切り、そんな陽の下にもう一度出ていく、そんなメッセージとテーマを感じます。
詩人の鐘
「詩人の鐘」は、“1999年7の月に人類が滅亡する”というノストラダムスの大予言による陰鬱な空気と、バブル崩壊後の経済低迷が相まって日本が失意に沈む前、バブル崩壊の兆しが少しずつ見え隠れする中で、当時の日本の現状、世界の現状、行き過ぎた資本主義に傾倒する人々に向け、警鐘を鳴らす歌詞が特徴的な名曲です。
金融と土地売買によって無限に膨れ上がる富と、不必要にモノで溢れた社会への違和感、その裏で犠牲になる人の存在を示し、悪夢のようだと形容しています。
富裕層と一般人、先進国と途上国、何かの犠牲の上に一部の豊かな生活が支えられている。
そんな現代社会にも通じる世の構造を憂い、豊かさと引き換えに見失っているモノの存在を考えずにはいられません。
権力と富こそが絶対の社会の中にあって、その裏で虐げられ忘れ去られている人や国も人類の一欠片であり、遠く離れた自分とは関係のない別の世界の出来事ではない。
自己中心的なエゴと欲に目が眩んだ現代社会の裏で犠牲になっている人の存在は、そのまま同時に自分の身を削ることと同義だと警鐘を鳴らしています。
切り捨てる社会、自分さえ良ければいいという考えにのみに基づいて生きる人間に未来はないという歌詞は深く心に響きます。
夏の終り
「夏の終り」では、R&R STARを目指し走り続けてきたものの、様々な傷や痛みを受け、もう辞めてしまおうかと思い悩んでいる主人公が描かれます。
人を傷つけることに疲れ静かな余生に向かって一人車を走らせる主人公姿が印象的で、神奈川大学を中退して本格的に音楽の道に進んだ自身と重ね合わせたような歌詞が魅力です。
歌詞の内容とストーリーからは、長く続く人生とミュージシャンとしての道に少し疲れている、そんな印象さえ感じられ、引退を示唆しているようにも取れるメッセージが販売当初ファンの間に色々な憶測を呼び、引退を心配する声があだたそうです。
一見すると華やかな拍手とスポットライトの中にいながらも、その陰で悲しみが少しずつ大きく育っている。
そんな歌詞には、省吾さんらしいセンチメンタルで静かで心に響くメッセージがつまっており、時代を経ても尚色褪せない名曲となっています。
最後に
最後までお読み下さりありがとうございます。
「誰がために鐘は鳴る」は、省吾さんの魅力である心に染みるバラードやセンチメンタルな歌詞、聞くたびに胸を打つ深いメッセージを持つ楽曲が数多く収録されている名盤です。
人生に思い悩んだ時や、自分自身の人生と向き合い生き方を模索していく中で必ず出会う葛藤や迷いに焦点を当て、深く内省する際の助けとなる。
そんなアルバムであり、歳を経て聴く度に深く心に響き、その意味を変えながら導いてくれるような魅力に溢れています。
自分自身と向き合いこれまでを振り返り生き方を模索する、そんなタイミングで聴きたいアルバムとなっていますので、ぜひ一度その魅力を味わってみて下さい。